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前田西前田原C丘陵の調査成果

ドキュメント内 浦添市文化財調査報告書 | 浦添市 (ページ 89-109)

−77−

12脇1

12脇2

第 22-1 表 前田西前田原 C 丘陵の遺構一覧表

遺構 番号

外観 形式

墓室 類型

墓室 (㎡)

墓口 方位

法量(m)

蔵骨器 の出土 状況

一次葬人骨

所見

高さ 奥行 有無

頭位 方角

3号 掘込墓 1c 2.43 北東 (N41°

E)

(1.38)(1.2) (2.03)

墓口部分が崩落しており、全形は不明。墓室中央部に溝 状のくぼみを有する。元来あった墓を拡張した可能性が 考えられる。

5号 掘込墓 1b 1.2 北北西 (N16°

W)

(1.48)(1.0) (1.2)

残存部の様相から隅丸長方形あるいは歪な楕円形の墓 室だったと推定される。西側に隣接する 4 号(壕)との 間に通路状の掘り込みが確認できる。

7号 掘込墓 5a 5.58

(N8°

W)

1.67 2.12 2.63

墓室の軸に対して墓庭の軸が東側に傾く。墓庭表面に蔵 骨器片が 散 乱。 庭 囲い左側は 隣 接する 6( 壕) と繋 がる通路状の掘り込みがセメで塞がれている状態で 確認できた。

8号 掘込墓 5a 6.02 北東 (N36°

E)

1.87 2.28 2.64

墓口やサンミデーは、セメトやコンクリートブロックで 覆われていた。 墓庭表面にはマンガン 釉甕形、 上焼 御 殿形の蔵骨器片が散乱。墓庭中央部のピットが検出され 爆弾穴と考えられる。

9号 掘込墓 5a 6.50 北東 (N49°

E)

1.79 2.51 2.59

三番 棚と左 棚の 接点付近の岩 盤 が出っ張って残ってい る。左棚はくぼんだ箇所に平らな石材を補って平坦に成 形している。墓口の両脇に袖石状の壁の張り出しがある。

10号 掘込墓 3c 2.65 北東 (N3°

E)

(1.34) 1.78 1.49

棚はL 字状を呈する。墓口が墓室の西側に寄ってつく れている。墓庭の形状は残存状況が悪いため不明。

11号 掘込墓 4a 変形

1.70 北東 (N44°

E)

(1.26) 1.0 1.70

墓口は幅約0.3 m と狭い。棚の平面形は台形を呈し、墓 室床面から 0.48 m 高い位置にある。独立していた小規模 な墓 2 基を改修・接続して造営された可能性がある。

12号 掘込墓 1a 3.61 北北東 (N16°

E)

(1.33) 1.90 1.90

墓室はいびつな形状を呈する。墓庭の北端に幅約 1.2m、

長さ約 1.9 mの長方形のくぼみが設けられ、埋土から戦 争遺物が出土していることから、戦時中の遺構と考えら れる。

12号 脇1

掘込墓 1c 0.34 東南東

(N113

°E)

(1.10) 0.56 0.60

12 号 墓 の 墓 庭より低い 位 置に 墓 室 が 造 営されている。

埋土から 12 号墓との関係性の検証を試みたが、判然と しなかった。

12号 脇2

掘込墓 1b 0.07

(N89°

E)

(0.24) 0.26 0.26

約 26c m四方の隅丸方形で、植木鉢と蔵骨器蓋がセット の状態で安置されている。

13号 掘込墓 4a 変形

3.24 (N3°

E)

(1.47) 1.66 1.95

(N3°

E)

奥 壁 側が出窓状の棚1段を形成し、 墓 室右側に小さな 拡張部を形成。一番棚の蔵骨器点の屋門が奥壁側を向 。シルヒラシで一次葬人骨が上位・下位2体検出され ている。

14号 掘込墓 1b 0.72 北北東 (N20°

E)

(0.89) 0.96 0.75

墓口が墓室の西側に寄ってつくられている。墓口と墓室 との境に砂岩塊が2つ置かれていたが、閉塞石である可 能性がある。

15号 掘込墓 4b 0.91 北北東 (N29°

E)

(1.06) 0.68 1.34

平面形が 長 方形を呈し、 墓口と墓 室の区画は 曖昧であ る。 一次 葬用の墓である可能 性 がある。 奥 壁に1段 棚 が確認できるが、形状が不明瞭である。

16号 掘込墓 1a 1.17 北北東 (N24°

E)

(1.15) 1.30 0.90

墓 室平面形はいびつな楕円形である。 墓庭と墓 室の軸 はほぼ平行である。

※括弧付きは残存部分の数値

第 22-2 表 前田西前田原 C 丘陵の遺構一覧表

遺構 番号

外観 形式

墓室 類型

墓室 (㎡)

墓口 方位

法量(m)

蔵骨器 の出土 状況

一次葬人骨

所見

高さ 奥行 有無

頭位 方角

17号 掘込墓 1a 0.24 北北東 (N31°

E)

(0.42) (0.40) (0.60)

非常に小さく、墓口や墓庭などの遺構は確認できない。

小型の蔵骨器あるいは一次葬を安置するための 遺 構と 考えられる。

18号 掘込墓 1b 1.66 (N11°

E)

(1.06) 1.66 1.00

墓 室 奥側に隅 丸 方形で約0.4 m四方の土 坑 が1基ある。

比較的天井が低い奥壁の近い位置に大型の蔵骨器を安 置する目的があったと考えられる。

19号 掘込墓 4a 変形

0.68 北北西 (N22°

W)

(0.88) 0.90 0.75

奥壁に出窓状の棚を 1 段形成し、シルヒラシ中央部には 床面の高さを揃えるためと思われる平たい形の砂岩塊が 置かれていた。

20号 掘込墓 1c 0.50 北東 (N48°

E)

(0.80) 0.35 1.45

平面形は長方形を呈し、墓口と墓室の区別ははっきり ない。一次葬用の墓であった可能性が考えられる。

21号 掘込墓 1c 0.89 北北東 (N31°

E)

(0.86) 0.74 (1.20)

平面形は長方形を呈していることから、一次葬用の墓と 考えられえる。埋土より薬莢や弾倉、レーションの袋が 出土し、戦時中に壕とて転用された可能性がある。

22号 掘込墓 1c 1.46 北東 (N39°

E)

(0.83) 0.95 (1.54)

平面形は長方形を呈することから、一次葬用の墓だった 可能性がある。埋土より薬莢などが出土し、戦時中に壕 て転用された可能性がある。

23号 掘込墓 4c 2.01 北北東 (N30°

E)

(0.92) 1.21 1.66

平面形は楕円形を呈し、2番棚まで造られている。 シル ヒラシの面積は棚の面積とほぼ同じである。墓口および 墓庭の有無は判然としない。

24号 掘込墓 1a 1.69 北北西 (N19°

W)

(0.76) 1.28 1.32

墓口は墓室の西側に寄せてつくられる。墓室中央部には 墓口側と奥 壁 側を仕 切るように不定形の砂岩塊が 複数 積まれていた。

25号 掘込墓 1b 0.66 北北東 (N29°

E)

0.68 1.05 0.63

平面形は 隅 丸長 方形で、 墓口は わずかに確 認できるが 墓庭などは確 認できない。 小型の蔵骨器あるいは一次 葬を安置するための遺構と考えられる。

26号 掘込墓 1c 0.38 北北東 (N15°

E)

(0.75) 0.42 0.90 南南

(N160

°E)

0.4 m程、 奥行き 0.9 m程の平面形が 長 方形を呈する 墓室に、ひざを折り曲げた状態で一次葬人骨が1体検出 された。

27号 掘込墓 1a 0.6 東北東 (N65°

E)

(0.90) 0.86 0.70

平面形は歪な楕円形で奥壁・側壁の残存部には天井 へ と繋がるアーチが認められない。

29号 掘込墓 4a 2.41 北北東 (N17°

E)

1.10 1.44 1.68

墓口は墓室の西側に寄せてつくられ、墓室内はごくわず かな棚が1段つくられている。 墓室・墓口の軸に対して 墓庭の軸は東側に約 10°傾く床面から小杯と酒注が各 点出土。

30号 掘込墓 4a 0.64 北北東 (N12°

E)

(0.55) 0.8 0.8

墓室平面形は奥 壁 側が広い三角形を呈する。 墓室の規 模に対して棚が広い。墓口および墓庭は残存していない。

※括弧付きは残存部分の数値

第3節 遺物

 遺物は、総計で 243 点が出土した。出土遺物の数量と内訳は、第 23 表のとおりである。主たるも のとしては、蔵骨器、副葬品と思われる陶磁器類などが出土している。また表土層からは、戦時中の 砲弾片などが多く出土した。遺物については、基本的に遺構毎に取り上げ作業を行った。以下に種類 ごとにその概要を述べる。

(1)蔵骨器

 出土遺物中、最も多かったのが蔵骨器である。接合・復元できたものを含めて概ね形状が把握可能 なものは蓋と身あわせて 33 点出土し、そのほとんどが壷屋産のものであると考えられる。蔵骨器の 種類として、家形・甕形・転用品に大別できる。内訳として、甕形蔵骨器のマンガン釉甕形が最も多 数(23 点)で、次に御殿形(4 点)、転用品(3 点)、マンガン釉庇付甕形(2 点)、上焼甕形(1 点)

となっている。

(2)蔵骨器以外の陶磁器

 蔵骨器以外では、小杯や酒注など陶磁器の小物類が出土している。これらの多くは、一次葬の副葬 品や墓が機能していた際に墓前などに供えられたものであると考えられる。これらは近世末~近代に 流通したものと考えられる。

(3)金属製品

 金属製品は、簪、指輪、銭貨、釘、S鐶などが出土した。銭貨は計 3 点出土しており、寛永通宝が 1点確認できた。表土掘削中に出土した蔵骨器の内底面に銅製指輪が1点付着していた。この遺物に 共伴して男性用と女性用の銅製の簪が各 1 点ずつ計 2 点出土している。釘については、一次葬人骨を 納めた棺箱に伴うものと考えられるが、いずれも状態が悪く全形が窺えないため本報告では数量のみ の報告にとどめた。なお、S鐶は 13 号墓墓室内の一次葬人骨胸部付近から出土している。

(4)その他の製品

 一次葬人骨の棺箱に伴う遺物として、木片も少数出土している。状態が悪く全形が窺えないため本 報告では数量のみの報告にとどめた。他にガラス製の薬瓶、ねじ付きのガラス瓶などがみられる。

(5)戦争遺物

 本調査区では、12号墓の墓庭北端にあった長方形状の土坑よりコッヘルとガラス瓶が出土している。

また、防空壕5基より戦争関連遺物が多く出土している。

 以上が今回発掘調査の出土遺物の概要である。次節では、遺構と遺物の残存状況が比較的良好な墓 について、実測図などを用いてその詳細について報告を行う。

第 23 表 前田西前田原 C 丘陵の遺物一覧表

遺構

種類

1 2 4 5墓室 6

7号表採

8号 9号表採 -9 10

11墓室 12土坑

12墓室 12

2墓室 13号

14 15墓室

18号 20墓室

26墓室 28 -29

28 29号

小計

墓室 表採 墓室 表採 墓室 墓室

蔵骨器

マンガン 釉甕形

1 1 3 1 6

1 3 1 1 3 3 12

破片 3 2 5

マンガン 釉庇付甕

1 1

破片 1 1

御殿形 (陶製)

1 1 2

1 1 2

上焼 甕形

1 1

転用蔵 骨器

1 1 2

1 1

磁器

酒注 完形 1 1

完形 1 2 1 1 5

破片 1 1

破片 36 1 37

小碗

完形 1 1 2 2 6

破片 1 1 2

破片 1 1 2

小皿 完形 4 4

小杯 完形 2 2 1 1 6

植木鉢破片 1 1

小鉢 完形 3 3

小壺

完形 1 1

破片 1 1

アンダ ガーミ

完形 1 1

破片 1 1 2

擂鉢 破片 1 1 2

破片 1 1

火炉 破片 1 1

陶製ボタン 1 1

不明 1 1 1 4 3 10

属製品

指輪 1 1

2 2

41 1 42

銭貨 1 1 1 3

S鐶 1 1

金属片 2 44 46

コッヘル 1 1

注射針 2 2

ガラス瓶 2 2 1 1 1 7

1 1

木片 15 15

獣骨 1 1

合計 13 5 38 1 2 6 1 4 9 1 4 2 2 1 2 1 70 1 5 2 5 1 1 46 4 14 1 1 243

第4節 各墓の調査成果

 今回の前田西前田原C丘陵の調査では、合計 27 基の墓が確認され、墓に関係する蔵骨器や副葬品 等の遺物も得られている。これらの遺構と遺物の概要については、第 22 表、第 23 表に既に示した とおりである。本節では、これらの墓の中から、当時の葬法を考える手がかりとなる遺構や遺物が確 認できた 2 基の報告を行う。なお、本節で報告を行う以外の墓については、第 41 図、第 48 図、第 22 表、第 23 表、第 4 節(4)及び巻末の図版をもって報告する。

(1)13号墓

1)遺構(第 42 図、第 43 図)

 13 号墓は、丘陵上段の東側に位置する横穴式の堀込墓である(第 41 図)。13 号墓は本地区の東端 に立地している。着手前は墓室天井部からの崩落土などで覆われていたため、墓室奥壁の一部以外は 埋没していた。墓の立地する標高は約 99.0 ~ 101.0m。墓口の方位は北(N3°E)である。

 墓庭は、墓口に近い部分のみが残存している。サンミデ―は形成されていない。幅 3.26m、残存部 の奥行が 1.50m である。墓口については幅 0.55m、奥行が 1.19m となり、残存部の高さが 0.84m で あるが、天井部が残存していないため、明確な墓口形状ははっきりとしない。墓室について、墓室平 面形は隅丸方形を呈し、奥壁は出窓状に、床面は平坦ではない棚を1段形成し、墓室の右側に小さな 拡張部が形成された墓となっている。法量は奥行1.95m、幅1.66m、残存部高さ1.47m、墓室面積は3.24

㎡である。墓庭から墓室まで軸が通っている。

 当該墓に堆積した土は4枚に分層できる(第 42 図上)。各層の所見は以下のとおりである。

1 層 ・・・ 明黄褐色砂質シルト(7.5Y 6/6)。上部は締まりがあるブロック状のニービで墓室天井 の崩落土と考えられる。下部は風化が進み締まりがなく、植物根が多く混じる土である。

2 層 ・・・ 暗褐色粘土(2.5Y 4/2)。締まりなし。明黄褐色砂質シルト(7.5Y 6/6)のニービブロッ ク(最大 5cm 程度)が多く混じる。

3 層 ・・・ 黄褐色砂質シルト(10YR 5/6)。締まりがある。一次葬人骨が安置された床面(以下、

一次葬 -1)。 明黄褐色シルト(2.5YR 6/6)のブロック(最大 8cm 程度)、暗灰黄色 粘土(2.5Y 4/2)の粒(0.2 ~ 1cm 程度)が混じり、炭化物(3cm 大)が少量混じる。

4 層 ・・・ 地山(ニービ)。直上より一次葬人骨が検出されている(以下、一次葬 -2)。

 蔵骨器は身と蓋セットで安置された状態のものが 1 点、壁に寄りかかって傾いている身と棚の端に 裏返しで置かれている蓋がセットと認識できる状態のものが 1 点、蓋のみで置かれている 1 点が棚の 上で確認された。また身 1 点が1層より出土している。

2)一次葬人骨

 一次葬 -1 は 3 層直上のシルヒラシに相当する箇所より出土した(第 42 図下)。人骨全体は墓室の 軸に対して横向き、頭部は北側(N3°E)、手足は折り曲げられた状態で仰向けに安置されている。人 骨の頭部と骨盤の下よりそれぞれ板状の砂岩の岩塊(ニービヌフニ)が検出されている。また木片や釘、

薬瓶、小杯、S鐶が共伴し、木片や釘が人骨の周囲に散在していることから、台石の上に人骨が納まっ

ドキュメント内 浦添市文化財調査報告書 | 浦添市 (ページ 89-109)

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